天理時報掲載 修養科の四季より

困難から抜け出すヒント得て

60代女性

7年前、身上で入院中の父の見舞いを終えて、所属教会でお願いづとめをしていたとき、「お父さんの息が止まった」と連絡が入りました。

すぐに病院へ戻り、父の目の前で「神様、たすけてください。父をたすけていただいたら、何でもさせていただきます」とお願いしました。すると、父が息を吹き返したのです。その後、4年8カ月もの間、父と共に過ごすことができました。信仰2代目の私にとって、お道を信仰する尊さを実感した出来事でした。

一方で、幼いころから体が丈夫だった私は、大きな病気やけがをしたことがありませんでした。ところが、10年前に左足の骨折や両足の指のやけどが相次ぎ、さらに3年前には「子宮体がん」の身上を頂きました。すでにステージ3。所属教会の会長様が毎日おたすけに通ってくださり、私は「ご守護を頂いた暁には修養科を志願します」と心を定め、治療を受けました。

ほどなく、大難を小難へとご守護いただき、がんは寛解しました。ところが仕事や父の介護で忙しく、修養科志願を後回しにしていたのです。

そんななか、昨年8月に両膝に水が溜まり、座ることも立つこともままならなくなりました。病院では手術を勧められましたが、「修養科への志願を先延ばしにしていた私を、親神様が呼んでくださっているのでは」と思い、ようやく志願したのです。

ご恩報じのひのきしん

最初の授業で、担任の先生が「一人ひとりの志願動機は違っても、私も含めた全員が教祖にお引き寄せいただいていま、ここにいる。この3カ月間、教祖にもたれて通り、教祖のもとへ1回でも多く足を運ばせてもらおう」と話されました。

この言葉に感動した私は、本部神殿で毎日参拝し、回廊拭きのひのきしんをさせていただくことを心に定めました。膝が痛み、歩く際には足を引きずらなければなりませんでしたが、「とにかく教祖におすがりしよう」と思ったのです。

また、教理勉強やおてふり・鳴物の修練に一生懸命取り組み、特別ひのきしんも志願しました。黙々とひのきしんに励んでいると、授業で学んだ教えが心に浮かんできます。父に見せられた不思議なご守護、私のがんの身上にご守護を頂戴したことも重なって、ご恩報じの気持ちを強く持ち、伏せ込みの汗を流しました。

また、担任や副担任の先生からは「おつとめでは、親神様を前に自らの心のほこりを払うことから始まる。まずは世界の治まりと人さまのたすかりを願おう」「ようぼくは毎日おさづけを取り次ごう」と聞かせてもらいました。

早速それを実行しようと、クラスの仲間たちにおさづけを取り次ぎ、私も取り次いでもらいました。

ご守護の喜びを味わい

2カ月目の初旬、クラスの仲間におさづけを取り次がせていただこうとしたときのこと。膝の痛みから正座ができなかったため、それまではいすに腰かけていたのですが、ふと「座ってみよう」と思いました。

畳に膝をつき、正座をしてみたところ、少し痛みがあったものの、久しぶりに座ることができたのです。「人たすけたらわがみたすかる」の教えを肌身で感じさせていただきました。

その後、日が経つにつれて膝の調子が良くなり、ご守護の喜びを味わいながら、勇んで毎日を通らせていただきました。ある日、担任の先生が授業の中で「陽気ぐらしとは、どんな暮らしなのでしょうか」と尋ねられました。

仲良くたすけ合う、人のことを思う……。皆が次々と自分の考えや意見を発表していくと、陽気ぐらしを表すさまざまな言葉で黒板がいっぱいになりました。私自身は「陽気ぐらし」について漠然としたイメージしか持っていなかったために、その黒板を見ているうちに心が温かくなりました。

先生は、最後に「困難に向き合ったときは、この黒板の言葉を思い出そう。必ず困難から抜け出すヒントがある」とおっしゃいました。私はノートに書き写し、忘れないよう心にしっかりと治めました。

地元へ戻った私は、先月、所属教会の月次祭で三味線を勤めさせていただきました。また、教会への参拝はもちろん、トイレ掃除のひのきしんもさせていただいています。

修養科で学び、実践したことを忘れないよう、身上を抱えた友人におさづけを取り次いだり、リーフレット配りに歩いたりしたいと考えています。そして、これからも「ご恩報じ」の心を忘れず、教会の御用に勤しみたいと思います。