天理時報掲載 修養科の四季より

同じ悩みを抱える人のために

20代女性

信仰初代の私は、3年前、交際を始めたばかりの彼の親からにをいが掛かり、お道を知りました。

当時の私は、更年期の母と精神的に不安定な兄との3人暮らしで、「私が家族を守らなければ」と思うあまり、一人で悩みを抱え込んで毎日を過ごしていました。

誰にも相談できずに苦しんでいたとき、自然と教会へ足が向きました。そこで、教会長後継者夫人に、不安に押しつぶされそうな胸の内を聞いてもらいました。以後、定期的に教会へ足を運ぶようになったのです。

母は仕事を辞め、私に頼りきりの生活が長く続いていました。「このままではだめだ」と考えていたところ、会長から「いまの気持ちを素直にぶつけてみては」と助言を頂きました。思いきって母に正直な気持ちを伝えたところ、衝突した時期もありましたが、母は仕事を見つけて元気に働くようになったのです。

ほこりを払い低い心で

昨年8月、上級教会の前会長から修養科を勧められました。ちょうどそのころ、彼からプロポーズをされた私は、家のことが心配で素直に「はい」と言えず、家族の将来について悩んでいました。

そんななか、会長からも「修養科は心の生まれ替わりができる場所」と教えてもらい、家族のたすかりを願って志願しました。

おつとめの手振りもうろ覚えだったため、修養生活への不安はありましたが、一から教理やおつとめを学ぶことができる環境をありがたく思いながら、勇んで毎日を送りました。

おぢばでは、多くの人がお道を真剣に求め、人のたすかりを願っていました。

そうした姿を、そこかしこで見るうちに「天理教の教えをもっと知りたい」と強く思うようになったのです。

授業や先生の講話では、教祖のひながたをはじめ、さまざまなお道の話を聞かせていただきました。

その中で、「八つのほこり」の説き分けを拝読し、これまでの自分の通り方を振り返りました。すると、特に「をしい」「ほしい」「かわい」の三つのほこりを溜めていたことに気づきました。

また、お道の夫婦としての通り方を学ぶ中で、いつも低い心で通ることが大切だと知りました。心のほこりを払うこと、低い心で通ることを心がけていかなければ、と考えるようになったのです。

素直に気持ちを伝えて

修養生活も1カ月半が過ぎたころ。天理教を知らない母に、修養生活を通じて心が変わり始めた自分の姿を見てもらいたいと思い、母に「秋季大祭に合わせて行われる、教会の団参に参加してほしい」と伝えようとしました。

しかし踏んぎりがつかず、何度も「やっぱり誘うのはやめよう」と思いました。それでも、会長から聞いた「いまの気持ちを素直にぶつけてみては」という助言を思い出し、団参までの1週間、母に電話で思いを伝え、本部神殿でのお願いづとめと回廊拭きひのきしんを続けました。

母は「行けない」と言っていましたが、前日の夜、彼の親から「あなたのお母さんも教会の人たちと一緒に行きます」と連絡が入りました。

当日、2カ月ぶりに母とおぢばで再会しました。道中、彼のお母さんがお道の教えを伝えてくださり、母自身も家の事情などについて、悩みを聞いてもらったようです。

母は初席を運び、詰所で上級の前会長から話を聞かせてもらい、「すっきりした」と笑顔を見せてくれました。これまで自分のことを話したがらなかった母の変化も、神のお働きのおかげだと思えました。

「あなたから、あれほど何度も会いに来てほしいと言われたのは初めて。天理で変わるきっかけをもらったのね」と母に言われ、母をおぢば帰りに誘って本当に良かったと思いました。

その後の感話大会で、私の経験を発表しました。すると後日、私と同じような悩みを抱える仲間から「感話を聞いて、背中を押してもらった気がした。私も自分の思いを素直に伝えたら、より良い関係になれた」と声をかけられました。

「私の話をきっかけに、たすかる人がいるんだ。これからも同じ悩みを抱える人のために、私の経験を伝えていきたい」と決意しました。

修了後、現在は仕事をしながら、教会の御用をつとめる日々を送っています。また、私の経験を周囲の人たちに伝えています。

これからも低い心と感謝の気持ちを大切に、彼と結婚してからも心の成人を目指していきたいと思います。