天理時報掲載 修養科の四季より

家庭の〝境界線〟が消えた

40代男性

6年前、お道を信仰する妻と結婚した。

しかし私は、妻の信仰に対して〝われ関せず〟の態度だった。そのせいで、まるで家庭の中に見えない〝境界線〟が引かれているような状態だったと思う。妻の付き添いで何度かおぢばへ足を運んだことはあったが、妻が参拝する間、車で待っていた。

そんななか、4年前に長女、2年前に次女が生まれた。しばらくしたころ、私の仕事が多忙を極め、妻も子育てで手いっぱいになっていた。

それでも私自身は、仕事と家庭を両立しているつもりだった。ところが、妻に優しい言葉をかけることや、思いやりの気持ちもなかったため、些細なひと言からけんかを繰り返すようになった。夫婦関係は悪化の一途をたどり、一緒に生活することさえ困難になっていた。

ある日、意を決した妻から「修養科というところがあるのだけれど」と勧められた。私は、その言葉にとても驚いたが、いまの家庭の状況を変えられるのならと、一人で志願することにした。

素直に感謝の気持ちを

7月、修養生活がスタートした。不安ばかりが募り、教えを学ぶことへの抵抗も少なからずあった。

そんななか、詰所や修養科の仲間が優しく接してくれ、何か大きなものに包まれている安心感を味わった。おかげで、次第に新しい環境に慣れていった。

同じころ、初めて本部神殿の回廊拭きひのきしんをさせていただいた。不思議と不安が落ち着いたことから、「空いた時間を見つけて、3カ月間に50回、回廊拭きをさせていただこう」と心に決めた。

その後、教えを学ぶ中でさまざまな気づきを得て、信仰への考えが改まっていった。おてふりや鳴物を勤められるようになりたいと思い、修練にも真剣に取り組んだ。

1カ月が過ぎるころ、私にとって初めての「こどもおぢばがえり」が開幕し、妻が子供たちを連れて帰参することになった。ひと月ぶりの再会を前に戸惑いを感じ、どんな言葉をかけていいのか分からなかった。実際に、おぢばで再会しても夫婦の会話は弾まず、つい不足の言葉が出て、またけんかになってしまった。

その日、「せっかく会いに来てくれたのに、どうすればいいのか……」と思い悩むなか、ある先生が「素直な心で感謝の気持ちを伝えるだけでいい」と言ってくださった。

そのひと言を聞いたとき、「これまで妻に感謝の気持ちを真っすぐ伝えたことがなかった」と気づいた。

詰所へ戻った後、妻と娘たちと本部神殿へ向かった。参拝後、妻に向かって「二人の子供の面倒を見るのは大変なことだよね。私がいない間、家族を守ってくれてありがとう」と、自分なりに感謝の言葉を伝えた。すると妻は、涙を流した。

その姿を見ていた長女が、「みんなでいると楽しいね」と無邪気に言った。家族のありがたさを、ひしひしと感じた瞬間だった。

 

「自分の心が変わった」

その後も授業で教理を学ぶうちに、これまで自分がどれだけ「こうまん」のほこりを溜めてきたのかを思い知らされた。その反省から、2カ月目の生活目標として「低い心」「感謝の心」で通ることを心に定めた。

同じころ、いつも暗い表情を見せるある仲間のことが気になった。彼は精神的に疲弊していて、その姿は、まるで1カ月前の私のようだった。

当初は声をかけられなかったが、妻とおぢばで再会したときの経験を思い出し、「自分にできることはないか」と考えた。思いきって声をかけてみると、彼は悩みを打ち明けてくれた。同じような境遇だったから、私も自分の経験を伝えることができた。

私との会話をきっかけに、彼の心境が好転したようだった。次第に明るくなっていく彼と励まし合いながら、勇んで修養生活を送った。

おぢばで過ごす間に「自分の心が変わった」と実感した私は、残り半分となった修養の日々の中で、以前から車いす生活を送っている父親のことを考えるようになった。

そして父に、私の経験を伝え、修養科を勧めることにした。おぢばの理を頂けば、父の身上もご守護いただけると思ったからだ。

しかし、なかなか首を縦に振ってくれない。なんとか志願してもらいたいと、諦めずに父に声をかけ続けた。

すると、それまで続けてきた回廊拭きのひのきしんの50回目を終えた日。母から「お父さんが修養科に入ることを決心した」と連絡があった。

親神様・教祖の不思議なお働きを実感し、感謝の気持ちがあふれた。

修了後は地元へ戻り、職場復帰した。所属教会の月次祭に参拝し、自宅での講社祭、朝夕のおつとめを家族で勤めている。

家族そろって神様と向き合い、おつとめを勤めるようになってからは、かつて家庭の中にあると感じていた〝境界線〟が消えたように思う。

また、父は修養科中に鮮やかなご守護を頂き、車いすを使わずに、自分で歩いて修養科へ通えるようになった。

これからも低い心、感謝の心を忘れずに、夫婦、家族が心をそろえて道を歩んでいきたい。